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大人になってからピアノを始める人のタイプの二つ目、一曲成就型について。男の人が楽器を始める理由の多くは”女性にもてるから”である。ドラマの中のキムタクやCMの坂本龍一などのピアノを弾くかっこいい男に自分を重ね、傍らには誰もが羨むいいオンナが・・・などと夢見て始める。 が、現実は厳しい。学生ならばともかく、三、四十代の男性は仕事でもプライベートでも人生で一番多忙な時期だ。よほど意志が強くなければ、なかなか練習の時間は作れない。そのくせいろいろな音楽をしこたま聴いているので、耳は肥えている。簡単なアレンジに直して弾く、なんていうのはプライドが許さない。ピアノは女性にもてるための道具なので、二年も三年もじっくり練習している暇はない。とりあえず一曲弾けるようになれば何とかなる、とレッスンを始める。でも練習する時間もなく、一週間に一度のレッスンでは上達もせず、結局一曲成就ならず、フェイドアウトとなってしまう人が多い。また、勘違いの人もたまにいる。家に楽器がなかったり、これは随分前の話だが、レッスンの後「おあいそして下さい」と言った人がいた。私はショックで倒れそうになった。 中に非常に熱心に練習される人もいる。集中力は男性の方が勝っているなあ、と感心させられる程、上達がはやい。一曲どころかプロ並のレパートリーがある。でも気がつくと、そもそもの目的はどこへやら、単なるピアノの虫になっている。何事も適度が一番である。 三つ目のリハビリ型。六十四才からピアノを始められた方がいる。今まで全く楽器とは無縁の人生をおくってこられた。音楽知識はゼロ。少年時代はラジオしかなく、音楽はもっぱらラジオで聴いていた。中学校にアップライトのピアノがあったが、これは当時は奇跡に近いことだったそうだ。ピアノを習うなど考えられない時代だったからしょうがない。 六十四才にしてト音記号とは何ぞや、ドの位置がどこで、ということからの出発はなかなか大変なことだった。初めて体験する運動のため鍵盤の上で指は震える。楽譜から鍵盤への目の移動も即座に出来ない。譜読みというハードルを越えると右手と左手のコンビネーションというハードルが待っている。 この方へのレッスンは、まず何ができないかをすばやく見抜く。多少の努力はしていただくが、無理ならその判断をなるべくはやく出し、できる形に弾き方を変える。曲が弾けるという喜びをはやく得てもらう。全くゼロからのスタートで二年が過ぎた。レッスン回数は八十回、レパートリーは十二曲。頭が下がる意志の強さだ。ピアノを習うのが楽しいです、と言ってくださる。ボケ防止とはいえ楽しくなければ続かない。楽しんでもらうためにはどうすればいいのか?この方のレッスンを通して学ばせていただいている。 |
栗田敬子 ジャズピアニスト |